縁(えにし) 1960(昭35)年卒
私の夫は、四十四年間金融機関に勤め六十七歳で退職しました。もう十分働いてくれたと私も思いこれからの人生は好きな事に勤しんで暮らしてほしいと願いましたが、夫は根っからの会社人間だったようで、組織の中の自分以外に自身の存在側値を見出す事が出来なかったようです。
それ故、趣味の稽古事に励んだり、地域に溶け込んでボランティア活動をするとかいう別の楽しみを見つける事が出来ず、そういう意味では生き方の下手な人だと思いました。
そんな時、友人から電話がかかり「十日市場の緑ほのぼの荘という施設で、今、趣味の会の募集をしているのでご主人にぺン習字なんかを勧めてみられるのは如何でしょう」と教えて頂き、早速申し込みに行きました。
そしてその余勢をかつてと言いますか、私自身も今はもう止めていた社交ダンスの申し込みもして帰ってきました。競争率はどちらも2倍と聞き、主人は、「当たらないといいね」と言ったのですが、二人とも当選通知が来まして、夫は私に背を押されて期間中は休まず通いましたが、OB会入会は自分から断ったという事で、結局、元の木阿弥になりました。
逆に私のほうは社交ダンスOB会にも誘って頂くまま入会し、もう三年近くほのぼの荘に通っております。そしてその問、前館長さんやスタッフの方とも顔見知りになり、又、ここの大広間に来られる方々とカラオケを楽しむことも覚えました。
夫は今七十五歳ですが、四年前から認知症の兆候が出てしまい以来徐々に症状が進行して、今年の一月から旭区にある有料老人ホームで面倒をみていただいております。
この施設は、前館長さんに紹介して頂きました。
カラオケの曲に縁(えにし)というデュエット曲がありますが、この歌もテープを頂いて覚えました。人は色々な縁の中で、生きて生かされているなとしみじみ思います。
帝国ホテルの社長の小林哲也さんがこう言われたそうです。
小人は、縁(えにし)に気づかず、
中人は、縁(えにし)を生かせず 、
大人は、袖すりあう縁も縁(えにし)とする。
夫が重い認知症に罹ってしまった事は、正直悲しいです。
でも今日も主人に会いに電車を降り主人の居るホ-ムに続く長い坂道を歩きながら考えました。
自分も命ある限り、人との縁(えにし)を大切に生きて行きたいと・… ..